花様年華
2000年 香港
原題:花様年華
英題: In The Mood For Love

監督:ウォン・カーウァイ
製作:ウォン・カーウァイ
製作総指揮:チャン・イーチェン
アソシエイト・プロデューサー:ジャッキー・パン
脚本:ウォン・カーウァイ
助監督:ジョニー・クォン
撮影:クリストファー・ドイル、リー・ピンビン
照明:ウォン・チーミン
音楽:マイケル・ガラッソ
美術:ウィリアム・チョン、マン・リンチャン、アルフレッド・ヤウ
編集:ウィリアム・チョン
衣装:ウィリアム・チョン
出演:
トニー・レオン、マギー・チャン、レベッカ・パン、ライ・チン、スー・ピンラン、チョン・タンジョウ、チャン・マンルイ、クー・カムワー、チェン・シェイン



* 2000年カンヌ国際映画祭、主演男優賞(トニー・レオン)、高等技術院賞(クリストファー・ドイル、リー・ピンビン、ウィリアム・チョン)受賞
* 2001年 第20回香港電影金像賞、最優秀主演男優賞(トニー・レオン)、最優秀主演女優賞(マギー・チャン)、美術賞、編集賞、衣装デザイン賞受賞



 1962年、香港。
 地方新聞の編集者を務めるチョウ(トニー・レオン)とその妻は、上海系の住人が集まるアパートに引っ越してきた。そこで彼は、奇しくも同日、隣に引っ越してきた、美しい人妻・リーチェン(マギー・チャン)と知り合う。
 社長秘書を務めるリーチェンの夫は日本と仕事をしている関係で、海外出張でよく家を留守にしていた。チョウの妻もたびたび旅行で家を空けていたため、近所の屋台で夕食を取るチョウは、同様に屋台に夕食を買いに来るリーチェンと親しくなる。
 友人となったチョウとリーチェンだったが、二人は互いのパートナーに対して、同様にある疑惑を抱いていた。やがて二人はお互いのパートナー同士が不倫をしているという事実を確信する。
 初めはやるせない思いから共にすごすようになった二人だが、徐々にお互いに惹かれ始める。お互いの思いを確かめるすべもないままに・・・。



 香港、1962年。どこか懐かしい、レトリックな時代から始まる花様年華。上海系中国人が集まる猥雑なアパートに、二組の夫婦が引っ越してくることから、物語は始まります。今回描かれているのは、ウォン・カーウァイの初期の作品「今すぐ抱きしめたい」や「欲望の翼」などのように、自分自身のすべてを投げ出して恋に没頭する若さではなく、もどかしい思いを感じつつも心のままに行動することができない大人の愛です。美しいしっかり者の人妻、マギー・チャン。生真面目そうな面持ちの新聞編集者、トニー・レオン。偶然、アパートに隣り合わせた二人でしたが、皮肉なことに、お互いのパートナー同士が不倫をしていたことに気づいてしまいます。自分のパートナーに対して、思いきって問い詰めることもできず、その寂しさを埋めるようにそっと寄りそう二人。

 しっとりと心に染み入るような心理描写と、どこをとっても一枚の絵になりそうなカメラワーク。朱と黒を基調とした画面構成。どこか懐かしさを感じさせる暖かいトーン。この作品では「恋する惑星」をはじめとする初期作品で言われた、「大胆でスピーディなカメラワークと心理描写」から、格段と洗練された映像とストーリーが展開されており、ひとつひとつの描写やカットに、考え抜かれた細かな配慮と、独特の優美さがうかがえるものとなっています。
 また、登場人物はチャウとリーチェンのほかには、アパートの大家・スェンと、チャウの友人・ホーの二人が登場するだけで、二人のパートナーが画面に現れることはありません。かつてカーウァイ監督は二人だけでストーリーをすすめることの難しさについて述べたことがありました。しかし、人物を二人にしぼることによって、既作よりもさらに、より深く人物の内面について描かれた作品となっています。

 そして花様年華では、セリフではなく、映像と音楽で人物の心情を表すという、カーウァイ監督の手法がさらに磨かれ、観る者の心に訴える名シーンが少なくありません。仕事場で一人たばこをくゆらせるトニーの後姿。生き物のように宙に舞うタバコの煙。一人寂しく夕食を取るための、屋台へ向かう路地で、二人がすれ違う一瞬。ある事情で仕方なくチャウの部屋に泊まったとき、ヒールを脱がないリーチェン。自分の部屋に帰ったとたんにヒールを脱ぎ捨てる彼女。ラストでは、誰もいないチャウの部屋で、そっとヒールを脱ぐ。これらのシーンにセリフはありませんが、秀逸のカメラワークと、ナット・キング・コールの「Quizas, Quizas, Quizas」をはじめとした、数々の名曲が、登場人物の細かな心情を映し出しています。

 当然ながら、トニー・レオン、マギー・チャンの演技もすばらしいもので、演技という枠を越えた印象を受けました。トニー・レオンはこの作品で、カンヌ国際映画祭主演男優賞を受賞していますが、マギー・チャンも並んで賞を受賞してもまったくおかしくありません。
 作品中、特に印象的だった二人のシーンは、リーチェンとチャウの「別れの練習」。チャウにしがみついて声もなく泣きじゃくるリーチェンと、やさしくなだめるチャウ。社長秘書としててきぱきと働き、普段気丈に振舞うリーチェンの弱さ垣間見ることができるシーンです。マギー・チャンの話によると、監督から何十回と撮り直しを命じられ、苦労したと言われるこのシーンですが、観ているこちらもリーチェン同様のせつなさを感じる素晴らしい出来に仕上がっています。

 ストーリーや批評などを見ると、花様年華はとりつきにくい文芸作品のように聞こえますが、実際は思わずふと笑みのこぼれるシーンがふんだんに織り交ぜられています。チャウが新聞小説を書くために借りた一室の部屋番号は「2046」。ウォン・カーウァイ監督の次回作についてご存知の方は、ついニヤリとしたのではないでしょうか。リーチェンの「問い詰める練習」にも、上手いアングルでの効果と、懸命なマギーに対して、とぼけた味のトニーという対照的な姿に、映画館場内では思わず笑いが起こりました。また、花様年華では「不倫」という、一見重い設定がなされていますが、前作「ブエノスアイレス」での「同性愛」というテーマ同様、それ自体を取り上げたものではなく、誰にでもある「人を愛する」という気持ちが強く描かれているため、観た後もとても軽やかな印象の作品となっています。

 さらに、花様年華で特筆すべきは1960年代を意識した美術と、マギー・チャンのチャイナドレスでしょう。各シーンごとに異なった柄のチャイナドレスを着こなマギー。カットされたシーン等を考えると、一体何着衣装を用意したのか、まるで見当もつきません。マギーのしなやかな体の線を美しく引きたてているチャイナドレスは、どれもモダンなデザインで、彼女の繊細な演技をさらに際立たせています。マギーの色鮮やかな衣装を眺めるだけでも、花様年華は一見の価値ありです。
( 00/11/12 )